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2004年8月の記事

おばけがいるの【1】

 夫は仕事。娘とふたり、リビングでくつろいでいたときのこと。娘が突然「うわぁ」と叫び、私にしがみついてきた。私のひざに飛び乗り、ギュッと目をつぶっている。「どうした? 虫でもいた?」そう聞いてみると、娘はおそるおそる風呂場を指差し、かぼそい声でこういった。

「あのね……。おばけがいるの」

 ふーん、いるんだ。ちっとも私は動じなかった。なぜなら、私も「見えるタチ」だから。結婚してすっかりシアワセモードにひたっているせいか、最近は「アレ」を見ることは少ない。しかし、ハタチのころからずっと「アレ」の存在は悩みのタネだった。急死した友人が葬儀の晩、風呂場にやってきたり、部屋中を何人もの兵隊が歩きまわっていたり、クルマの後部座席に長い髪の女が乗っていたり……。

 インドネシアの小さな島にある、リゾートホテルではベッドのまわりをペタペタと歩きまわる音で目が覚めた。友人はこの音に気づいているのだろうか、そう思って隣のベッドを見たところ、眠っている友人のお腹の上で、何やら白いものが動いている。月明かりだけが差し込む、薄暗い部屋ではそれが何なのかはすぐにわからなかった。しばらくして暗闇に目がなれたとき、ようやくそれが何なのか理解できた。

 なんと、彼女の腹の上にいたのは白い服を着た女だった。女は長い髪をだらんと垂らして、友人の顔をのぞきこむようにして座っていた。 

(つづく)

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おばけがいるの【2】

 ハタチのころから悩まされ続けている「アレ」の存在。毎晩、枕の下にお守りを入れないと眠れないほどだった。だから、娘が突拍子のないことをいっても、私は驚かない。自分が見てきたものを、娘が見ないとは限らないからだ。

「そっか、おばけがいるんだ。じゃあ、お風呂場に塩でもまいて、帰れっていおう」

 おびえる娘を促し、風呂場へ行く。私は何の宗教も信じないが、自分の経験上「塩」と「強い意志」が効くことを知っている。ふたりで塩をまきながら「帰れ! ここに来るな!」と大声でどなる。

「あ! いなくなった」
「ママってすごい! おばけ、やっつけられるんだね」

おまじないの効果に、娘はものすごく驚いていた。彼女の興奮がおさまったころ、私は「さっきのおばけを絵にしてみて」といった。

「できたよ!」

 そういって見せてくれた【娘が見たおばけ】は……。

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 なめとんのか、ワレ。


※娘いわく「白いおばけで、大きいのと小さいのがいる。大きいのは小さいのを食べちゃった」らしい。

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4歳児の飽くなき探求

DSCN1613.JPG CDレビューの仕事をしているというのに、なかなかCDを購入する機会がない。試聴盤で満足してしまう、というのも理由のひとつだ。そんな私がひさしぶりにCDを購入。目当てのものは新星堂やTSUTAYAになく、amazonでようやく探し出した。豪華2枚組でお値段は3,000円。聞きたい曲を網羅しているベスト盤だ。そのアルバムとは……。

盆踊りの音楽ベスト

 いや、私は別に踊りたいわけじゃない。太鼓の音がどこからともなく聞こえてくるだけで「ぎぇぇ〜〜、おまつり〜〜、いぎだい〜〜」と泣き叫ぶ娘に、せがまれたのだ。

 祭り会場では出店など見向きもせず、ババアの輪に加わり、踊りまくる娘。「かき氷、食べない? 焼そばは?」と誘っても「踊りたいの」とつぶやく娘。そんな娘はここ数日、ちっとも元気がない。なぜなら、近所の夏祭りがすべて終わってしまったからだ。

「今日はお祭り、ある?」
「いや、もうないよ。お祭りはまた来年ね」

 そんな会話をする毎日。いずれ、諦めるだろうとタカをくくっていたのだが、彼女の祭り魂はおさまることがなかった。

「だったら歌って」
「へ? 歌?」

 私は娘かわいさに「東京音頭」と「炭坑節」を歌ってやった。何が悲しくて38歳にして、盆踊りソングを歌わねばならないのか。そう思いつつも、せがまれるまま何度も歌う。娘の目は見たこともないほどキラキラと輝いていた。

 わかった。もう、わかったよ。母さんはお前を甘く見ていたよ。

 こうして、我が家は「盆踊りの音楽ベスト豪華2枚組」を購入するハメになったのだった。

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はしご酒と天敵O氏

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DSCN1926.JPG 男友達あっくんと東小金井の沖縄居酒屋「海風」で飲む。夫と娘も連れていき、オリオンビールや焼酎を飲みながら話に花が咲く。夜9時すぎ、翌日仕事のある夫と保育園に行く娘は、ひと足先に帰宅。さぁ、これからが本番だ、とばかりに盛り上がるも、焼酎のボトルが空となり、やむなく店を出た。

 そうだ。今日は学童保育関係の会議があって、それが終わったあと武蔵小金井で飲んでいるはずだ。酒飲みによる、酒飲みのための情報はネットなんかよりも早く的確である。あっくんとふたり、タクシーに乗り込み、みんながいると思われる居酒屋に乱入。

 座敷には総勢11名ほどの父母がおり、ビールを飲みはじめたところだった。その過激な発言ぶりから「爆弾男」と呼ばれているO氏もいた。ちなみに私は「装甲車女」と呼ばれ、爆弾男とセットでいるとロクなことがないといわれている。お互い、歯に衣着せぬ物いいで気が合う部分も多いのだが、一歩間違えると一触即発の危険性が伴う。

 実は先日、O氏が主催した飲み会に参加し、大変な目にあっている。飲み放題の日本酒に手をつけ、すっかり泥酔してしまったのだ。他の参加者もひどい有り様。なのに主催者の彼は最後までシラフだった。もともと酒が飲めない彼は、私たちの泥酔ぶりをしっかり目に焼きつけていて、語りべのごとく、そのときのことをおもしろおかしく話し始めた。

「いやぁ、すごかったよ。この間は」

 酔っ払ったほうとしては、あまり聞きたくない話だ。思わず、O氏に毒を吐く。

「あのねえ、ひとりシラフでいて、後から酔ったときの話をするなんて卑怯! 今度はつぶしてやるから覚えておけ」

 O氏はニヤニヤと笑っていた。本当に小憎らしい男である。

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セミの挨拶

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「よっ、近ごろどうよ。オレ、もう死んじゃったけど」

 なぜか片手(というか脚なんだが)を挙げて「よっ」と挨拶しているセミ。思わず「いやいや、お互い大変ですな」と答える私。セミは実家のベランダにいた。朝、母がサッシを開けると、レールにはさまって死んでいたという。地上に出てたった1〜2週間で寿命を迎えるセミが、何を思って実家の、しかもサッシのレールにはさまって死んだのだろうか。そんなことを考えながら、セミをながめる今日このごろ。

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世の中、金

DSCN1921.JPG 昨夜は「のびゆくこどもプラン小金井」の会議だった。「のびゆく〜」というのは小金井市版のエンゼルプラン(子育て支援計画)で、10名の委員は小金井市の子育て支援事業がどれだけ進んでいるのか、また計画されている事業のチェックをしている。

 昨年8月から委員をして早1年。資料はすでに厚さ20cmに届きそうな勢いだ。行政用語満載の資料を読破するだけでなく、それを抱えて会議に行くのだからたまらない。もはや一種の修行だ。

 自治体が行なう子育て支援はスムーズにいかないものもある。市民ニーズを反映させたところで、予算が組まれなければ計画は保留。私としては「ニーズの高い事業を進めてほしい」と思うのだが、そう簡単にはいかないらしい。

「長年、多くの市民から求められている事業が、ちっとも進まないのはナゼか」「進めたくても予算が取れないとムリ。計画はあくまで計画。実現するかはお金の問題」

 事務局とこんなやりとりをしているうちに、まじめに子育て支援を語るのがむなしくなってきた。だって、すべては「予算、そして金」なのだから。

「だったら、子育て支援計画それぞれの項目に“市民からの期待度”“担当部署のやる気”“予算が取れる確率”を入れるべきでしょう。そうでもしないと、計画のチェックなんてできません」

 認可保育園の新設。市民からの期待度/100、担当部署のやる気/? 予算が取れる確率/マイナス30。こんなところか。

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歌う隣人

 今夜も徹夜で原稿書き。昼間は取引先からの電話、夕方からは娘にさえぎられて、なかなか集中して書くことができない。家族が寝静まったころがいちばん。今夜は涼しいからと、私は仕事部屋の窓を開けて、ひたすら資料に目を通したり、パソコンに向かう。

 そして、深夜1時。何やら声が聞こえてくる。誰かが窓を開けて、電話でもしているのかなと思ったが、どうも違う。よくよく聴いてみると、なんと歌だった。声の出所は隣の女。しかも、窓を開けて歌っている。スバラシイ歌声なら仕事のBGMにもなるだろうが、これが裏声の相当なオンチ。しかも、セレクトする曲は「校歌か? 学校唱歌か?」とツッコミたくなるようなレトロなメロディーだ。

 こっちが窓を閉めるのも腹立たしいのでガマンしていたものの、延々1時間も歌を聞かされてゲンナリ。仕事に集中できないどころか、すでに「魂を抜かれた感」まである。破壊力バツグンの歌声だ。

 居ても立ってもいられず、ベランダに飛び出した私はマンション中に聞こえるような大声でこう叫んだ。

 すぅ〜みぃ〜ませぇ〜〜〜ん!
 しぃ〜ずぅ〜かぁ〜にしてぇぇぇ!

 歌声がやんだと思ったら、隣の女はピシャリと音を立てて窓を閉めた。ゴメンナサイぐらい、いえ。

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お告げか予知か!?

DSCN1753.JPG どうにも解せないことがある。1週間ぐらい前だったろうか。家事をしている私のアタマに、ひとつのことばが浮かんだ。何かからイメージされたのではなくと「テレパシー」とか「直感」みたいな感じ。その日以来「それは」ご飯を食べていたり、テレビを見ていたり、原稿書きをしているとき、唐突にアタマの中に現れ、私を悩ませ続けていた。

 いったい何の意味があるのだろうか。だれかが何かを伝えようとしているのか。しかし、あまりにも「それ」はお告げやお言葉といった崇高なものではない。ナゾは深まるばかりである。

 そのことばとは……。「ウンコ野郎」だ。1日中、私のアタマを支配する「ウンコ野郎」。寄せては返す波のように「ウンコ野郎」がこだまする。しかし、なぜどうして、と自問自答し続けたナゾはあっけなく解けた。正しいウンコの送り方に書いた話だ。

 あんな衝撃的な話を、1週間も前に予知していた私。この次、アタマに浮かぶキーワードが何なのか、考えるたけでおそろしくなる。

 ※1度ならずとも、2度までウンコネタを続けたことにお詫び申しあげます。

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正しいウンコの送り方

benn.gif 昨夜は市内保育園のママたちと飲み会。酒がすすむと口も軽くなる。話題は子供の話、昔のオトコ、ダンナの浮気疑惑、嫁姑問題、仕事、田舎の名産品と多岐に渡る。

 そんななか、事件は起きた。「○○ちゃんのパパって郵便局で仕事をしているんだよね」という私に「何? どこの郵便局? 困る、私!」と叫んだ人がいた。Kさんである。

 勤め先で年1回、行なわれる健康診断を受けた彼女。昨年、血便が出て再検査をしたこともあって、検便に対してナーバスになっていたという。

「病院で検便するんだけど、緊張のせいか出なかったのよね。だから、容器を持ち帰って家で採ったの」

 らせん状の棒をウンコに刺し、それを密封容器に入れる。あて先が印刷された所定の封筒に入れ、切手を貼って発送。そんなものを普通郵便で送っていいのか、とも思うが、そういう指示だったらしい。そして後日……。Kさんあてにかかってきた1本の電話。そこで彼女は衝撃の事実を知ることとなる。

「○○郵便局です。あなたの出した検便を破損してしまいました。申し訳ありません」

 Kさんは「封筒には私の住所氏名はかいていなかったの。でも、電話が来たってことは封筒を開けて、容器にかかれた私の連絡先を見たってことなの。そんな郵便局に知り合いが勤めていたとしたら、私死にたい!」と泣いていた。
 
 当時、郵便局内でも相当の騒ぎになったはずだ。なんせ、ウンコ破損。それを開封する郵便局員。局内に漂うウンコの香りと絶望感。

「今日からKさんのキャッチコピーは“便を破壊された女”に決定ね」

 彼女の話を聞きながら、郵便局のあわてぶりに思いを馳せる私。なんだか、とっても楽しくて有意義な飲み会であった。

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夏の終わり

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 8月19日、多摩川競艇の花火大会へ。平日に1日だけ、しかも告知はほとんどしていない(多摩川競艇HPでの告知も、競艇場周辺の張り紙もなし)ので、毎年チャンスを逃していたが、今回ようやく行くことができた。我が家の最寄り駅からローカル線で3駅の「競艇場前」駅で降り、駅からつながる歩道橋をテクテク歩く。場内は自由に座れるようになっていて、みんなビニールシートを持ち込んで座り、開演を待つ。有名どころの花火大会と違い、かなり少なめの人出。開演30分前についた私たちも、余裕で大型シートを広げられるほどだ。

 台風の影響で強風が心配されたが、5分ほど開演を早めてスタート。水面をはさんで観覧スタンドの反対側から打ち上げる花火は約1,000発。なにしろ、目の前で打ち上げるのでちょっと風が強いと火の粉や花火の残骸が降ってくるほどの迫力である。約2時間、色とりどりの花火を鑑賞しながら、夏の終わりを楽しんできた。

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昔のしがらみ

DSCN1759.JPG どうでもいいような付き合いは、引っ越すたびに淘汰される。引っ越し先の電話番号を教えなければいいし、一定期間、相手が電話をしてこなければ「移転のため何番に変わりました」というNTTのアナウンスを聞くこともない。

 特に結婚は「過去との決別」に最適である。ひとり暮らしをしていた部屋で新婚生活を送ることは、ほとんどなく、たいていどこか新居へ引越をする。つまり、自然と「昔のオトコ」「ややこしい関係のオトコ」「くされ縁で別れられなかったオトコ」から遠ざかることができる、というわけだ。

 ワタシもそんな「過去との決別」を密かに思い描いていた。「もう、電話かけてくんなよ」と思うオトコであっても「飲みにいかない?」と誘われると、ついつい出かけて後悔していたからだ。しかし結婚を機に、武蔵野市から小金井市に移ったとき、NTTのおじさんは笑顔でこういった。

「市は違うけれど、電話局が一緒だから番号はそのままですよ」

 一緒かよ! 番号。ちょっとあわてる私を尻目に「仕事の連絡もあるし、いままで通りのほうがいいね」と笑顔の夫。NTTのおじさんと夫、ふたりして満面の笑顔。そうそう、よかったよかった。……ってよくないんだよ。アイツとかコイツとかから電話が来たら、困るんだって!

 しかし、そんな思惑を打ち明けるすべもなく、我が家の電話はいまも私の(独身時代からの)番号を使い続けている。そして、おそれていた通り、私が結婚したことを知らない「どうでもいいオトコたち」は電話をかけてくる。

「ひさしぶりだねえ。名字変わったけど結婚したの?」
「昔の手帳に番号があって、なつかしくて電話しちゃったよ」
「オレオレ、覚えている? ほら、あんときの……」
「poronサン デスカ? ワタシ john デス」

 最近はすっかりこの手の電話になれた夫は「ほれ、昔のしがらみ」といって受話器を渡すようになった。

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草花の花束

DSCN1752.JPG 娘は保育園を夏休み中、夫は鎌倉へ撮影。エネルギー過剰気味の娘が部屋で1日、静かに過ごせるわけがなく、しぶしぶプールへ連れていく。場所はおなじみの昭和記念公園 のレインボープール。公園内をテレテレ歩いていると、サギソウ(写真をクリックすると拡大)の花壇があった。サギソウは私のいちばん好きな花で、その可憐な姿は見ていて飽きることがない。思わず花壇にへばりつき、しばらく見つめていた。

 よく「男気がある」といわれるほど、女らしさに欠ける私だが、好きな花は清楚な雰囲気の山野草だ。中学を卒業するまで多摩川がすぐ横の団地に住んでいたので、草花は詳しい。学校帰りはレンゲソウやシロツメグサ、ネジバナホタルブクロホトケノザカラスノエンドウなど、四季折々の草花を摘んだものだ。あまりに毎日、花を持って帰るので「花がかわいそうだし、もう飾る場所もないから、しばらく花摘みはしないで」と母がいったほど。それでも、道すがら草花を探すのが楽しくて、花を摘むのをやめられなかった。

 ほとんどの草花は花屋さんにはない。どんなにお金を出しても、レンゲソウやネジバナの花束は買うことができない。子供のころ、暗くなるまで草むらに座り込み、摘んだ思い出があるから、いまでもその花を見つけると、どうしようもないほどうれしくなってしまうのだ。

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お盆のひとコマ

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 お盆といえば墓参り。嫁に行った身分でありながら、夫の実家へは帰省せず(毎年、お盆をはずして帰省)、私の実家の墓参りへ行く。ムコでもないのに、なぜか嫁さんちの墓参りをさせられる我が夫。さぞ複雑な心境であろう。

 最初に実家で飼っていた2匹のワンコが眠るペット霊園 慈恵院へ。駐車場も霊園内も人でいっぱいだ。「いろいろと思うところがあって舅や姑よりも、かわいがっていた犬猫の供養が優先、って人もいるんじゃないの」母と笑う。

 その後、親戚と合流し総勢8人で高尾山へ。ご先祖さまやおばあちゃん、おばちゃんに手を合わす。静かな高台の霊園で拝んでいると、なんだか懺悔の念がわいてきて、心のなかで謝りまくり。

「夫を大切にしていませんでした。ごめんなさい」
「ここのところ、飲み過ぎています。すみません」
「オリンピックばかり見ていないで仕事します」

 墓参りに行って、懺悔している私。ご先祖さまに「もう来るな」といわれそうである。

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午前4時55分の風景

DSCN1717.JPG 今朝、4時55分に見た朝焼け。あまりにもキレイだったので、思わず撮る。

ベランダでカメラを構えた、たった2分ほどの間に3つも蚊に刺された。

キレイだけどカユイ。

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12年前のワタシ

DSCN1196.JPG 何を隠そう、私は新宿NSビルにあった建設会社で8年間のOL生活を経験している。派手なマニキュアをし、髪は茶色のソバージュ(歳がバレるな)。大酒飲みでヘビースモーカー、遅刻常習犯という、今だったら確実にリストラ対象に挙げられる女が、専務やら常務やらの秘書業務や営業事務をしていたのだ。どう考えても誤った人生だったように思う。同僚にとっても、記憶から抹消したい女かもしれない。

 気難し屋の専務は、なぜか昼時になると「バッテラ寿司を買ってきてくれ」というオトコだった。毎日、バッテラである。「専務、たまには太巻でもいかがでしょうか」などといおうものなら「バッテラだ! バッテラ!」と激しく怒られる。抜き差しならない気持ちを抑えつつ「かしこまりました」というしかない。

 建設省から天下ってきた常務は痛風持ちの酒好きだった。類は友を呼ぶ、というが常務とはよく飲みに行ったものだ。男性社員と一緒に連れ立って行くこともあったが、常務とふたりきり……も多かった。彼はワタシを赤坂や歌舞伎町の高級クラブに連れていき「娘なんだ」と見え透いたウソをついた。仕方がないので「お父さん」と呼びながら酒を飲むものの、すでに2軒目、3軒目のヨッパライだ。ソファに座って5分もしないうちに「ジョーム! あんな叱り方はないでしょーが!」となる。そんな無礼な部下に対しても彼は紳士的で、たとえ酔っ払っても嫌な気分にさせられたことはなかった。いまはどうしているのだろうか。痛風も心配だ。

 こんな懐古的なblogをかいたのには理由がある。OL生活の先輩から暑中見舞いメールが届いたからだ。彼女のメールにはこんなことが書いてあった。

「異動に伴い机の整理をしていたら、シティリビングに載ったあなたの記事が出てきて、これがあなたの第一歩だったのかなと懐かしく読み返しました」

 もう、12年も前のこと。都市部のオフィスに配られているフリーペーパー「シティ・リビング」のエッセー大賞に応募し、準大賞をいただいた。その半年後、ワタシは会社を辞め、無謀にもフリーランスで編集&ライター業を始めた。賞をもらったことが退社の理由ではないけれど、人生を変えるきっかけになったことは確かだ。彼女のメールを読みながら、8年のOL生活と12年のライター生活を振り返って、ちょっと懐かしい気分になったのである。

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こめかみに青筋

DSCN1650.JPG 歳をとったせいなのか、カルシウムが足りないのか。やたらとアタマにくることが多い今日このごろ。のんびりしにきたはずのキャンプ場でも、たびたび「ムカッ」としていたので、澄み切った空気とは裏腹に、ココロがよどんでしまった。

 なぜ、そんなに「ムカッ」とするのか。まあ、原因はいろいろある。たとえば、まっ暗闇のキャンプ場でのこと。中学生ぐらいの女の子が立ち止まっているなと思ったら、花をボキボキと折っていた。横でその様子を見ていたのに、私と娘が歩いてきたのに気づき、慌てて止める母親。花はオーナーがわざわざ植えたもので、宿泊者に渡す注意書きにも「花や木を傷つけないでください」とかいてある。母娘そろってサイテー。

 風呂場では私と娘が身体を洗っているうちに、4つしかない洗い場が満員に。4〜5人の子供と母親2人が空くのを待って、裸のまま立ちつくしている。「すぐに終わらせるからね、もう少し待っててね」と声をかけ、あわてて身体を洗う。横には私たちが来る前からシャンプーをしていた20代とおぼしき女が3人。どいつもこいつも、待っている人などお構いなく悠々とシャンプー。いつまで洗ってんだ。そんなに汚いのか。ちょっと待て! 洗い場をあけるときは、自分が使った椅子と洗面器ぐらいサッと流せ。

 バーベキューをしている若者たちは、炭に火をつけた瞬間から食い終わるまで「うちわ」を手の平に打ち付け、バンバンとあおいでいる。静かなキャンプ場に響く、うちわの音。「ったくよ、魚焼くって大変だよな」と文句をたれながら、バンバン。ここはウナギ屋か、はたまた焼鳥屋か。
 
 サザエさんじゃないが、こめかみに「青筋」が立ちそうだ。

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道志でのキャンプ

_DSC0034.JPG 1週間前のこと。無性にキャンプがしたくなり、ネットであれこれ調べ、空いているキャンプ場を探す。いままでは予約不要、クルマ1台500円、施設はトイレと水道、簡易シャワーのみという、青野原オートキャンプ場でテント泊をしていたが、今回は娘連れなのでログハウスを借り、お手軽キャンプを楽しむ。

 道志にある花の森オートキャンピアはジャグジー風呂にプール、ログハウス専用のバーベキューガーデンまである豪華なキャンプ場。どの施設も清潔で、いたれりつくせり。

 昼はクルマで5分の「道の駅」へ行って川遊びをしたり、フィッシングセンターでマス釣りを楽しむ。夕方からはログハウス前にあるテーブルでのんびりと食事。テラスのハンモッグに揺られながら星空を見ていると、パソコンやテレビ、電話、FAXのない生活っていいなぁ、とシミジミ。

 夜は10時就寝。いつもの生活では考えられない時間だ。持参したタオルケットをかけて寝るが、夜中に涼しくなって扇風機を止める。気温がどんどん下がり、さらに窓も閉める。朝方にはかけ布団が必要なほど冷え込む。東京の熱帯夜を考えれば、この涼しさだけでも金を払った甲斐があるというものだ。

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