4歳の娘は私の仕事が忙しくなると、やたらと甘えたがったり、泣き虫になる。たぶん、切羽詰まっている私を見て、情緒不安に陥っているのだと思う。保育園から帰ってきた娘は「あのね、それでね」と今日の楽しかったこと、泣いたこと、転んだことを話したい。でも私は書いた原稿を読み返しては、消したり足したりする作業中。とても話を聞ける状態じゃない。聞いてやりたくても、聞いてやれないことが続き、私自身もつらくてイライラしてくると、娘のほうも変になってくる。ここのところ、そんな状態が続き、いよいよ私も娘も限界に近づいていた。
朝まで仕事をやって、ちょっとだけ仮眠をする。保育園には娘を休ませるとFAXしておいた。たっぷりと眠った娘と起きがけに布団で遊び、思いきり手抜きをしてシリアルの朝ごはんを食べた。取引先からメールが来ているかもしれない、いまこの瞬間に電話がかかってくるかもしれない、という不安から逃げるように、娘の手を引き家を出る。さっきまで降っていた雨が上がり、薄日が差している。ああ、なんていい気分なんだろう。
小金井市のシティバスに乗りたいという娘のため、手をつないでバス停まで歩く。ローカル線の小さな駅の入り口にある、小さなバス停。1時間に2本しか来ないバスを、3分前に乗り損ねてしまったらしい。「どうする? 次のバスが来るのは30分後だよ。すごーく待たないと来ないよ」と聞くと、娘は「待っている」という。仕方ないな、30分待つか……。
バス停の前は芝生で、ときどき駅に電車が来るだけで人の気配はない。いるのは鳩とすずめぐらい。娘は芝生の花を見たり、鳩の鳴き声をまねて遊んでいる。ときどき私のところに来ては「だっこして」とひざに乗り、それに飽きるとまた芝生へ遊びに行く。本当に静かでのんびりした空気。30分もなんにもしないで、空と芝生と娘だけを見ているなんて、いつ以来なんだろう。
30分を過ごし、バスの到着時刻が近づいてきた。娘はバス停にしがみつき、バスが来るのを今か今かと待ち構えている。いつの間にかおばあさんも一緒にバスを待っていた。25分、30分ちょうど、35分、40分……。なぜか、バスはいつまでたっても来ない。駅前は変わらず、静かでのんびり……。
「おかしいわねえ。欠便なんてあるのかしら」とおばあさん。「私たちずっと待っているんです。変ですよねえ。バス会社に電話して聞いてみましょうか」「そうねえ、お願いできるかしら」
バス会社に電話をかけ、どうしてバスが来ないのかを聞いてみた。
「……あ、あのう。そのバスが運行するのは明日からなんです」
電話に出た人は申し訳なさそうに、こう答えた。ああ、なんてことだ! 来るはずのないバスを40分以上も待っていたなんて! 自分のバカさ加減とバス会社に対して、一瞬だけ腹立たしく思ったものの、すぐに「おかげで娘とゆっくり過ごせた」と思いなおす。貴重な40分をプレゼントされたようで、なんだかニンマリの1日だった。
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