一晩のあやまち
胸の谷間がかゆい。寝ていても起きていてもかゆい。針先で刺されているような、チリチリとした痛がゆさ……。あまりにかゆいので、洋服の胸元から手を突っ込んでみると、ぷつんと小さな発疹があるのに気づいた。ものすごくに小さくて赤い発疹。昨日、使った入浴剤にかぶれたのかもしれない。それとも、何かの虫に刺されたんだろうか。いくら考えても、小さいくせに猛烈なかゆみを起こすその発疹の原因はわからなかった。
その晩、私はかゆみで目を覚ました。胸の谷間だけじゃなく、背中までかゆい。それも、かゆいところが1カ所2カ所じゃなく、あっちもこっちもかゆいのだ。私はどうすることもできないまま、眠気とかゆみに耐えた。
「ちょっと背中、見てくれない?」
翌朝起きたとたん、夫に背中をさらけだす。パジャマをたくし上げた背中を一目見て、夫は「ああああっ! 何コレ!」と叫び声を上げた。「ひどいよ。背中じゅう、赤いプチプチだよ!」
嫌な予感がして、今度は自分で胸の谷間をのぞきこむ。ああ、やっぱり……。胸の谷間にもたくさんの発疹が出現していた。しかし、お腹や腰、足はなんともない。いったいコレはナンナノダ?
すぐさまかかりつけの皮膚科へ向かう。先生は診察室に入ってきた私の顔を見ると「ああ」と微妙なつぶやきを口にした。この先生はいままで何度となく股ぐらを見せている仲(こういう表現でいいのか? 参考リンク 続・病院でのはずかしいこと/股間ふたたび)である。こっちは「もう怖いもんなどない」という気迫で病院に行っているが、先生のほうは「またかよ」という感じなのかもしれない。でもセンセ、安心して。今日は股ぐらじゃないんだもの。
「胸の谷間と背中が猛烈にかゆいんです!」
患部が股じゃない、というだけで、私は勝ち誇ったような気分になっていた。パンツの下げ方を気にしなくていいし、何よりヘソまであるババパンツを履いていてもいい! 毛がはみ出ていたって問題なし! ブラボー!
「じゃ、見せて」
先生は淡々といった。パンツをずらして横マンを見せることからすれば、おっぱいなんて屁みたいなもんだ。どうぞどうぞ、なんぼでも見てくださいとばかりに、着ていたトレーナーを豪快にたくし上げる。もうこれ以上は上がりませんってぐらい、たくし上げる。もう首のところでトレーナーがクッチャクチャ。先生はルーペで体中の発疹をくまなく見ている。
「うーん、うーん……。この発疹さぁ、全部毛穴の部分なんだよねえ」
「ああそうですか、毛穴ですか(意味もわからず、うなづく)」
「あのさあ、なんか汗かくようなことした?」
「汗? ないですねえ」
「場所的にさあ、寝汗とか……ない?」
「寝汗? ……!」
発疹が出た前日、電器毛布のスイッチを消し忘れたまま寝て、ノドの乾きで目が覚ましたことを思い出した。そのときは汗に気づかなかったが、胸の谷間と背中にたくさんの汗をかいていたに違いない。いわゆる『あせも』みたいな状態だ。
極寒の時期に起きる、あせも。ホットカーペットやコタツでのうたた寝も、こうしたことが起こる可能性が高い。「たった一晩のあやまちで、取りかえしのつかないことに……」と、うなだれながら、そそくさとおっぱいをしまう私であった。
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