« 2006年2月 | トップページ | 2006年4月 »

2006年3月の記事

すべての出来事には意味がある!?

 みなさん、おひさしぶりです。ようやくblogの更新ができるだけの精神&肉体状態に戻ってまいりました。いやあ、きつかった。……って毎回、仕事の話をすると「きつかった、きつかった」なんだけれど、2月なかばから1日たりとて休みのない生活はさすがにつらい。家にこもって、ひたすら書き続ける生活を続けていたのだが、そのせいで寝たきり老人並みに身体能力が激減しちゃったらしい。

 仕事が切羽詰まっていて「もうご飯作っているヒマがない! 疲れた〜、死ぬ〜」と叫んだのは、WBC決勝戦の翌日。ここは一発、焼肉でパワーをつけにゃアカンな、WBCで優勝して心に余裕ができたしさ、少しはあの韓国に金を還元してやろう、なんて思いながら近所の韓国系焼肉店へ。メニューの上から下まで一通り注文し、にんにくのオイル焼きもプラスして、そりゃあもう食いました。腹いっぱい。

 機嫌よく家に帰り「さぁ、あと10歩で玄関ですよ」というところで、なんと左足をねんざ。たった幅1センチ程度の小石につまづいて、いきおい良く外ひねりですよ。外ひねり。うぎゃあと叫んで座り込み、足首をつかんでみたところ、筋肉がものすごい勢いでビクビクしている。釣り上げたばかりの魚みたいなビクビクっぷりだ。

 家にあった湿布を張り、様子を見ていたのだが、あいにく翌22日は朝から新宿で取材がある。よりによって「ウォーキング」の取材だ。もう、アホかと、バカかと。ただ、幸いなことに今回のカメラマンは夫である。撮影は夫と編集者にまかせて、私は座っていることにした。

 ウォーキングを指導してくれる先生との待ち合わせに、約1時間早く到着。インタビューの後で、フォームの撮影を行う新宿中央公園のロケハンをする。夫は「お前はクルマで待っていろよ」といってくれたが、ここのところ家に引きこもっていた私は、天気のいい公園を歩きたくて、一緒に行くことにする。ポカポカとあたたかい日射し、5分咲きの桜を満喫しながら、気持ちよく歩いていたのだが……。「あ、モクレンも咲いている。きれいだねえ」と上を向いたそのとき! グキッ! ドテッ! ザザーッ!

 気づいたとき、私は砂利の上でうつぶせになっていた。まるでWBC決勝戦でスライディングをしたイチローのようだ。かっこいい! かっこよすぎるかも! そんなことを思いつつ、地べたにはいつくばる私を、ホームレスの方々が遠巻きにしていた。同じく左足、しかもやっぱり外ひねり。さわってみると、昨夜と同じように私の足首はビクビクしていた。また、イキのいい魚を釣っちゃったよ、父さん……。

(つづく)

| | コメント (5)

夫婦の在り方

 いま、わたしは変わろうとしている。
 それは夫婦の在り方を再確認する術となろう。
 いま、わたしは夫を知ろうとしている。
 深く、そして真剣に……。

 なんだか辛気臭いポエムではあるが、あながち間違っていない。結婚7年目にして夫を理解しようと努力している。コトのきっかけは夫が引き受けた「鉄道マニア向けドリル」だ。そもそもこの仕事、私の友人であるライター兼エディター兼女社長の理恵姐さんから来た話だ。

「ねえ、おたくのダンナ、確か鉄オタだったよねえ」
「そうだよ。家計にとってはクソの役にもならん趣味だけどな」
「知り合いの編集者が鉄オタを探しているんだけど」
「ライターじゃなくて、鉄オタのカメラマンでいいの?」
「いいのいいの。いままで撮影した鉄道写真のフィルム代ぐらいにはなるよ」
「じゃ、やらせる(笑)」

 そんなわけで引き受けたものの、夫はあくまで「鉄道写真を撮るのが好きなカメラマン」であって、ライターじゃない。ドリルの問題づくりをしても、文法から言いまわしまでがメチャクチャなので、必然的に私がチェックしている。しかし、文法や言いまわしを正しくするためには、使われている言葉の意味を正確に知る必要があり、ものすごい勢いで夫を質問攻めにすることとなる。

「車籍はあるけど本線走行ができないっていうのはどういう意味?」「半室グリーン車って?」「元空気溜管の引き渡し改造ってナニ?」

 夫はハアとため息をつくと「そもそも車籍っていうのは法律上、本線の走行を行なうために鉄道車両の登録を行なうことをいい、車籍はまだあるものの、修理不可能だったり、すでに古くなって走行できない車両を“車籍はあるけれど本線走行ができない”というんだ。半室グリーン車っていうのは、グリーン車の需要があまり見込めない路線で車両の半分を普通車両に改造したものをいい、主に……」とイッキに語りはじめた。その様子はココリコミラクルタイプに出てくる「夢のない男」そのもの。 私の隣にココリコの田中がいる〜! 長ゼリフを語っている〜! と思ったとたん「ブフッ」と吹き出してしまった。

 結婚して以来、いや……夫と知り合って以来、こんなに夫の「鉄ネタ」を真剣に聞いたことはあっただろうか? 確実にない。夫が鉄ネタを語ろうとしたとたん「意味、わかんねー!」と一喝していた私が、いまは彼のことばに耳を傾けている。嫌々ながらも会話をする必要に迫られた私たちであったが、なんだか、いままで以上に絆が深まった気がする。もうこれは仕事なんかじゃない。夫婦の在り方を問う試練なのだ。

 この仕事が終わるころ、私はすっかり鉄ネタに詳しい女になっているだろう。たぶん、それはきっと「家計にとってはクソの役にも立たない」と思うが……。

| | コメント (6)

思うこと

 先月からかかりきりだった『整体』の実用書。担当ページ分の編集と原稿書きを終えて、どうにかデザイン出し終えた。途中からは同時進行で某スポーツ用品ブランドの『ニュースレター』を執筆し、昨日どうにか入稿にこじつける。これまた同時進行で夫が依頼された『鉄道マニア向けドリル』の問題づくりを手伝う。これは今週いっぱいかかる予定だ。ここのところ、アタマのなかは「骨盤、ろっ骨、ツボ刺激」「シューズ、裸足、土踏まず」「EF65形、機関区、重連運転」といった言葉でいっぱい。とてもblogにエネルギーをまわせる状態じゃなかったため、更新が途絶えていたのだ。ようやくうっすらと出口が見えてきた気がする。……いや、気のせいじゃないことを祈りたい。

‥‥そんなワケで、あたし的には(byきっこ)死にそうな数日間だったんだけど、なんとか復活しつつあるのでblogを書くことにした。実は締切り地獄の橋を渡っている最中も、ときどき「ああ、息抜きしちゃおっかな」と思ったこともあったけれど、なんせ最後にアップしたのが「子殺しの罪」。コメントも返さず、放置していたのに、何ごともなかったように下ネタ満載の記事をアップするわけにもいかず、さりとてマジレスしたり、子殺しの追加記事を書く気力もなく、ますます更新が滞るという悪循環に陥っていた。でもちょっと時間ができたので書く。マジメに書くよ。

「子殺しの罪」については、いろいろなコメントをいただいた。母親に対する怒りや悲しみもあれば、この母親の心について考えたもの、司法や社会のあり方を問うものなど……。この記事をアップするときにさまざまな意見があるだろうと想像はしていたものの、読みながら複雑な気持ちになったコメントもある。

 たぶん考え方の違いというよりも、どこに目が行くか(関心)の違いなんだろうが、今回の事件は母親の生活や心の葛藤、社会の在り方よりも「幼い子を殺した。しかも、肉体的にも精神的にも残虐な方法で」ということに目を向けるべきだと思っている。私は昨年の夏まで約2年間、市の子育て支援計画の作成に携わっていたが、なかでも虐待問題については緊急に対応策を取る必要があり、関係各所のヒアリングや議論を重ねてきた。そのとき、児童相談所や家庭支援センターで、みなが口を揃えていった言葉がある。

「虐待を認めず、助けを拒否する人にはどうすることもできない」

 東京都のデータ(15年度の虐待に関する相談処理から算出)では、虐待者の66.4%は母親だ。そのなかでも虐待を行なっていると認めなかったり、児童相談所があらゆる方法で手を差し伸べても、それを拒否する親がいるのだという。そんなとき、現在の制度や担当者の数では充分なケア(親、子ども両方に対する)ができないのだ。

 この母親には離婚や家計を支えるプレッシャーなどがあったのかもしれないが、そもそも「長男の親権を取るために、仕方なく二男を引き取った」と供述(下記のRNC西日本ニュース参照)しているあたり、離婚前から愛情なんてみじんもなかったのだろう。離婚後は実家で実母と一緒に暮らしていたし、殺された子どもを保育園にも通わせていた。つまり、子どもの面倒を見てくれるであろう実母と生活し、保育所という子育て支援も受けていたのである。事実、この子どもが虐待された始めたのは『実母の体調が悪くなり、孫の面倒を見られなくなってから』だ(下記のasahi.comを参照)。このころから保育園を休むようになり、保育士からの電話や訪問には「子どもの具合が悪い」と答え、子どもには合わせなかったという。本当に精神的にも肉体的にも辛かったのであれば、行政や保育士に助けを求めることもできたはずだ。手を差し伸べても、それをつかむ気がなければ、いくら「虐待するまでになった母親の心理」を思いやり「社会の在り方」を考え「手厚い子育て支援」をしたところで虐待は減らない。

 たとえば自分の娘が、夫に性的虐待されていたら? たとえばその言い訳が「お前がやらせてくれなかったから」だったら? それは果たして妻(自分)が悪かったのだろうか?

 たとえば自分が、夫に虐待され、電気もない納戸に閉じ込められて、トイレにも行かせてもらえず、食事は1日2回菓子やジュースをドアの前に置かれていたら? ドアの近くで、別の女と仲良く生活していたら? そしてその理由が「他の女のほうがかわいい。お前はなつかないから」だったら? 「ああ、仕方ない」と思えるのだろうか?

---------------------------------------------
RNC西日本ニュースより(現在、すでに削除されています)
育児放棄で息子死の母親、起訴 
2/28 17:54

 高松市に住む母親が3歳になる二男に十分な食事を与えず死亡させた事件で高松地方検察庁は今日この母親を保護責任者遺棄致死の罪で起訴しました。起訴されたのは高松市浜ノ町の飲食店従業員山下愛被告25歳です。起訴状によりますと山下被告は去年12月下旬頃から二男の歩夢くん3歳に十分な食事を与えないうえ着替えもほとんどさせない不衛生な状態で自宅3階の納戸に寝かせたままにして今月5日頃栄養失調で死亡させたとされています。山下被告は夜の仕事に出る前後の午後7時頃と深夜2時頃の1日2回、雑炊やドーナツなどの食事を歩夢くんが寝ている納戸の前に置くだけで食べている姿も確認していなかったという事です。
 調べに対し山下被告は「死ぬとは思わなかった。離婚の際長男の親権を取るため仕方なく二男を引き取った」と供述しています。

-------------------------------------------
asahi.com:「育児、煩わしかった」 地検、母親を起訴 - マイタウン香川

「育児、煩わしかった」 地検、母親を起訴
2006年03月01日

 高松市浜ノ町の自宅で3歳の男児が十分な食事を与えられず死亡した事件で、高松地検は28日、母親の飲食店従業員山下愛容疑者(25)を保護責任者遺棄致死罪で起訴した。
 起訴状によると、山下容疑者は昨年12月下旬ごろから、自宅3階で次男の歩夢(あゆ・む)ちゃんを押し入れの中に寝かせたまま十分な食事を与えず育児を放棄し、今年2月5日ごろ栄養失調で死亡させたとされる。
 地検は当初、殺人の疑いもあるとみて捜査を進めたが、山下容疑者が「やせ衰えているとも死ぬとも思わなかった」「食事が十分だったかどうか考えてもいなかった」などと供述したため、殺意はなかったと判断した。
 動機については「次男より長男に愛情を注いでおり、なつかなかった歩夢ちゃんの育児が煩わしくなった」と話しているという。地検によると、同居する祖母(48)が昨年9月ごろから体調を崩すなどして歩夢ちゃんの面倒をみられなくなった後は、山下容疑者が1日2回、押し入れの外に菓子類やジュースを置いておくだけになったという。

| | コメント (6)

子殺しの罪

香川県のニュース:育児放棄の母親起訴−衰弱死3歳男児


 香川県高松市浜ノ町の三歳男児が自宅で衰弱死した事件で、死亡した山下歩夢(あゆむ)ちゃんが、昨年末から自宅三階居間にある一メートル四方の納戸で生活していたことが二十八日、高松地検などの調べで分かった。母親は簡単な食事やおむつを納戸の前に置くだけで、遺体発見時、物置を兼ねた納戸の中は不衛生な状態だったという。
 同地検は同日、二男の歩夢ちゃんの育児を放棄して死亡させたとして、保護責任者遺棄致死の罪で、母親の山下愛容疑者(25)を起訴した。
 調べに対し、山下被告は「二男がうまくなつかず育児が煩わしかった」などと供述する一方、「食事は十分と思っていた。まさか死ぬとは思わなかった」などと起訴事実を否認している。
 起訴状によると、山下被告は昨年十二月下旬ごろから、歩夢ちゃんに十分な食事を与えず、ほとんど着替えもさせないまま、自宅三階の納戸で生活させ、歩夢ちゃんが衰えていくのを認識しながら育児を放棄し続けて二月五日ごろ、栄養失調で死亡させた。歩夢ちゃんの体重は二月七日の発見時、約一〇キロと一歳児並みだった。
 同地検によると、歩夢ちゃんは一日二回、納戸前に置かれた菓子やジュースなどを自分で取って生活。納戸に鍵はなかったが、歩夢ちゃんが階下に行くことはなかったらしい。山下被告は納戸横の居間で長男と寝起きしていたが、歩夢ちゃんの様子に気付かず、死亡推定日の五日以降も菓子などを納戸前に置いていたという。
 同地検は「不作為による殺人」も視野に捜査を進めたが、不十分とはいえ食事を与えた事実があることなどから、殺人罪での立件は見送った。

 1日の昼、このニュースをネットで見て泣いた。「二男よりも長男のほうがかわいかった」と二男を虐待死させた母親の続報だ。やるせない、なんてもんじゃない。ほっぺがぷにぷにしていて、目をキラキラさせて「だっこ〜」なんていうような、いちばんかわいい時期の3歳児を真っ暗な納戸に閉じ込めて殺すなんて……。どんなに怖くて、どんなにさみしくて、どんなに泣いたのかを想像するだけで、息苦しくなるほどにつらい。最後はきっと絶望のなか、泣く力もなく死んでいったのだろう。

 我が子をなぐって殺す親も鬼畜だが、存在すら無視し、ジワジワと衰弱させる親だって人間じゃない。なのに「不十分とはいえ食事を与えていた事実があるから」と殺人罪での立件を見送る高松地検。ばかじゃないの? 体重がたった10キロ。死ぬとは思わなかっただなんて、ふざけている。

 比べることではないけれど、大人が大人を殺すよりも、よほど重い罪だと私は思う。子どもは抵抗をするすべも、家を出て逃げるすべも、誰かに助けを呼ぶすべも知らない。ただただ、親から愛情を注がれることを待っているしか出来ないのに……。今の司法制度は親による子どもの虐待死の罪が軽すぎる。子どもは決して親の所有物じゃない。子殺しの罪はもっともっと重くすべきだ。

| | コメント (13)

らつ、らよ

 仕事がキツキツで精神的にも肉体的にも限界。さっきようやく90分DVDの音声すべてを原稿に起こし終わったところ。これからDVDとその原稿をチェックしながら写真を整理して、書籍用のコンテと原稿を作る。

 原稿は書けば書くほど、疲れが出てきて誤字脱字誤変換や思考能力の低下による判断ミスが増えてくる。さっきも監修者の先生はDVDのなかで「排泄孔=はいせつこう=ツボの名称」といっているのに、何を思ったのか私はずっと「排泄穴」と打ち込んでいた。「排泄口」という誤変換ならまだしも、わざわざ「はいせつ」「あな」と別入力しながら「排泄穴」と書いていたのだ。穴ってなんだよ……。

 先日、娘が保育園の友だちに手紙を渡したいといいだした。以前、お友だちのお父さんが運転するトラックに乗せてもらったことを思い出し、そのときのことを絵にしたのだ。トラック、友だちのお父さん、お友だち、自分を描いた紙に、つたない字で何かを書いている。

「○ちゃんへ まえにのったらつらよ またのせてね」

 ……のったらつ? らよ? ねえねえ、これ「のったやつだよ、じゃない?」と娘に聞くと、怒ったように「らつ!」という。彼女はまだ5歳。どうやら「音(おん)」でことばを覚えているため、「やつ」「だよ」を「らつ」「らよ」と覚えていたらしい。らつらよ……(笑)。なんだか「○○な〜のら」みたいなアホっぽい感じでイイ! いいねえ、かわいいねえと微笑ましく思っていた私だったのだが……。

 今日、請求書のファイルを開いたところ、たまたま以前作った「どっちの料理ショー本」の請求書のページが出てきた。ああ、ずいぶん前の請求書だな、と思った瞬間、私は目を疑った! 請求書のタイトル、それは……。

「どっちらの料理ショー原稿料の御請求をいたします」だったから。「どっちら」だよ、どっちら! こんな請求書をクライアントに送っていたなんて……。娘のこと、もう笑えません。

| | コメント (0)

« 2006年2月 | トップページ | 2006年4月 »