忍び寄る魔の手
携帯電話に見慣れぬ番号の着信……。12年もの間、携帯電話の番号をかえていないと、年に2〜3度は「昔の知り合い」からの電話がかかってくる。
「あ、覚えてる? オレオレ」
あのな、オレオレ詐欺じゃないんだから。どうして男というものは、何年も連絡を取り合っていない昔の女友だちに電話をかけたがるのだろうか。決まって「携帯電話の番号を整理していてさ〜」とか「手帳を見ていたら、なつかしい名前が出てきてさ〜」といいわけしながらかけてくる。こうした電話をかけてくるのは、ほとんどがまだ独身を貫いている男。結婚している男は決して昔の女友だちに電話なんてしない。わざわざ、ホコリを舞い立たせるようなことはしない、というわけだ。
なつかしんでくれるのはうれしいけれど、結婚してすっかり肝っ玉かあさんになった私に、どうしろというのだ。先日、電話をかけてきたSくんも「結婚して子どもが産まれたんだよね。その後、どうしてる?」と聞いてきたが「元気だけど」と答えるしかない。
Sくんは某住宅メーカーの技術職をしていた男で、ときどき新宿で飲んでいた「飲み仲間」だ。べらんめえ調のいかにも職人気質な男なのだが、会社を退社して自分で会社を興し、下請けとしてがんばっているらしい。私が結婚するころ、Sくんもつきあっている彼女と結婚間近と話していたので、とっくにいいお父さんになっていると思っていたが、どうやらその直後、破談になってしまったらしい。苦労の甲斐あって、ようやく仕事も軌道にのり、今じゃ年収1000万を超える独身男。
「金はあるし、マンションもあるけど嫁がいないんだよなあ」
そうつぶやくSくんをちょっと励ましてみる。大丈夫だよ、キミならいいお嫁さんが見つけられるって。
「最近さあ、もうバツイチ、子連れでもいいやって思っているんだけどよう」
「ふうん」
「だから、いろいろと相手を捜しているんだけど、なかなかいねえんだよ」
「ああ、そうなんだ」
「最近の出会い系サイトには、バツイチ専門っつーのもあって……」
「は?」
「そういうところに書き込んでいる女の人っつうのは、意外と本気なんだよな」
「出会い系……?」
「メールのやりとりとかしているんだよ、オレ」
「へえ……(出会い系で嫁探しはまずいだろ、オマエ)。」
「ところでさ、そっちはまだ円満?」
「は?」
「離婚とか、はない? ワハハ」
……あ、そういうことだったのね。なつかしいとかなんとか、じゃなくて要は「出会い系サイト感覚」で電話をかけてきて、挙げ句の果てには「離婚したか」をチェック。たとえ、離婚して母子家庭でいたとしても、アンタと結婚するなんてあり得ないから。
「今度よう、子連れでいいから、お茶しねえ?」
「は?(ダンナはどうしろと……)」
「海とかでもいいぞ」
「……(なにいってんだ、コイツ)。」
「飲みに行くのは無理だよなあ」
私が電話をかけている横では、風呂から上がって真っ裸で走りまわる娘と、電話の相手を気にしつつチンコを拭く夫。離婚? あり得ない。子連れで昔の男と会う? あり得ない……。
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